オンラインゲームの世界
- ■オンラインゲーム用語 雀賢荘とは?
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それぞれのフォーラムにはその話題に精通した人物が集まるため、同好の士の間で話題が盛り上がる。しかし人が多く集まれば喧嘩などのトラブルの確率も増える。トラブルの際には、シスオペなどのスタッフが仲裁に入ったり、その権限で制圧することもあったが、フォーラムによっては、初心者に対して過去ログの案内や適切な会議室への誘導、誹謗中傷など問題発言への対処、歌詞や本の引用等著作権に関する自制など、様々なルールが整備されていき(フォーラムルール)、多くのフォーラムに共通するものがネット上のエチケット=ネチケットとして確立されてくるようになった。これらルールは、初めて発言する勇気がなく、中々発言できないという人のために『パソコン通信「暗黙のご了解」事典 独特の雰囲気にめげないための125の知恵』(Omimi著、メディア・テック出版、1995年 ISBN 4-944080-23-9)といったネチケットをまとめて解説する本も出版された。これらのルールは、環境が大きく変わった現在においても、掲示板やブログなどにおいても有用なものも多く存在する。
ステーションとは第三者の企業が企画し運営するフォーラムである。機能的にはフォーラムと同一だが、企業側からの申請で設置され、企業の広報担当者等がステーションマネジャーとなって管理を担った。ユーザーサポートやユーザー向けの広報発表等、インターネットが普及する前のオフィシャルなコミュニティとして機能した。
フォーラムや会議室とは別に、会員間の情報交換や交流のために掲示板が設けられていた。
ニフティサーブでは、掲示板に発言を登録することや発言そのもののことを掲示と呼んだ(文字通り、掲示板に貼り付けるということである)。掲示板では、掲示の際にあらかじめ絞り込み用の検索キーを設定できた。これを元に、読みたい種類の掲示だけを読むことが出来た。また、掲示にはそれが何回読まれたかというカウンタが付いていた。掲示は512件まで保存され、保存期間を過ぎるか512件を超えた古い方から削除された。
掲示板では、会議室のような発言の通し番号がなく、発言を一意に特定できなかったためログ整理に支障をきたした。
スピリット(こころ)のコーナーや北海道旅行
系の掲示板では掲示に入会時の情報に基づいた本名が自動的に挿入された。
CompuServeのCB Simulatorにならい、市民バンドを文字ターミナルで再現するものである。Band AとBand B(後にBand Cが追加)があり、一つのバンドに1〜30チャンネルまでが設けられ、同じチャンネルに接続した者同士でリアルタイムに会話が出来た。このうち、2チャンネルは初心者用チャンネルとされていた。
フォーラムの機能の一つ。CBシミュレータとほぼ同等の機能を持っていた。詳細はリアルタイム会議を参照。
CBシミュレータを拡張したもので、ダイビング
を開設した者が管理者となり参加者をコントロールすることができた。
IDに対して1つ開設することが出来る掲示板・会議室である。開設には料金が必要であった。テーマなどは開設者が自由に設定することができ、パスワードを設定しないか公開することで一般からの参加を呼びかけたものや、非公開にして内輪だけで楽しむものなどさまざまなものがあった。
積み上げ式の簡易的な掲示板で、ハンドルは表示されずIDと題名、本文と投稿日時しか表示されなかった。設置・管理の手軽さから伝言板のような性質を持っていた。
一つの発言は20行までに制限されていた。また、ホームパーティの保存件数は発言数ではなく全ての発言の行数に基づいており、それが200行を超えた分から消去された。このため、少しでも行数を節約するため文中に疑似改行マークと称して◆や▼等の記号を入れ改行と見なすことが一部のホームパーティでは活用された(新聞コラムと同じ手法。行数制限と保存行数は追加料金で100行/1,000行に拡張することが出来た)。
ハンドルが記入できなかったため、題名の後に「/ハンドル名」と続けて発言者を見分けやすくする表記がよく使われていた。
フォーラムの会議室機能を転用したものであり、高速バス
夜行バス
高速バス
夜行バス
にフォーラムと同等の会議室を1つ持つことが出来た。ホームパーティより管理機能が豊富で、特定のIDからのアクセスを禁止したり管理者が承認した利用者のみが利用できるようなアクセス制御が可能であった。
情報交換以外にもニフティサーブ独自のサービスが提供された。
シェアウェアの作者への送金手続きやレジストキーの発行を代行するシェアウェア送金代行サービス
あらかじめ特定のキーワードを指定しておくことで新聞記事から見出しを知らせるクリッピングサービス(スクラップブック)
現在のような検索エンジンは存在しなかったため、サーチャーと呼ばれる検索専門家による書籍等の情報提供サービス
オンラインショッピングモール
架空のキャラクター「会話くん」や「おしゃべりきらら」(大森きらら)と文字で対話できる会話型サービス(人工無能)
ニフティサーブではフォーラム以外の目玉として、過去の新聞記事の検索から花の相場まで多種多様な実用データベースが情報会社から提供される形で1,000以上用意されていた。
インターネットが普及するにつれてこれらのサービスの利用は減ったものの、これらのサービスではインターネットでは容易に得られない確かな情報がすぐ手に入ったことや他のサービスと同様ワープロ通信からでも使うことが出来たこと、全く装飾のないプレーンテキストで結果を得られることなどから一部の者に重宝されていた。
(ESはEnglish Service)日本在住の英語使用者を沖縄旅行
としたサービスでニフティサーブの英語版であった。通常のサービスと共通しているのはメールボックスのみで、その他のフォーラムなどは独立していた。Amigaフォーラムや英会話教師のためのフォーラムなどがあった。
企業や団体の人間を一括して入会させる等の際に利用された集団入会制度。
氏名等は自己申告で、一般会員よりチェックが甘かったため一部のフォーラムや掲示板で自作自演や多数派工作等に悪用されることがあり、問題視されたことがあった。
CUG (Closed Users Group)
ニフティサーブのアクセスポイント、システムを利用したクローズドネットワークで、ニフティサーブと同様の手順で接続し、CUG用のIDでログインすると専用のネットワークに接続された。フォーラムや掲示板がニフティサーブとは完全に独立して設置され、団体や企業が内部用ネットワークとして利用した。
プライベートフォーラム (PF、Private Forum)
ニフティサーブ上の非公開のフォーラムで、CUGと同様に団体(専門学校の通信制課程など)や企業が内部ネットワークとして利用した。GOコマンドを知っていれば一般会員でもアクセスできるが、内部に入るにはそれを管理するシスオペの承認が必要であった。また、非公開フォーラムのGOコマンドを一般のサービス上で明かすことは禁止されていた。
ニフティサーブがインターネットと相互接続を実現したのは、1992年9月1日にWIDEプロジェクトと共同で電子メールの相互接続ゲートウェイを開設してからである。インターネットからニフティサーブに電子メールを送信する際には、ドメイン名とし沖縄旅行
を利用していたが、のちに北海道旅行
になった(設定の変更によってnifty.comでも利用が可能である)。
インターネットのウェブサイトを個人営業に喩えるとニフティサーブは多岐にわたる情報を集約した百貨店や専門店街に相当すると言われた。
1992年にWIDEプロジェクトとの接続実験によってWIDEプロジェクトに参加しているネットワークとの電子メールの交換が行えるようになった。この時点では日本ネットワークインフォメーションセンターが管理するアドレス空間のみに接続できた。
ニフティサーブ経由でインターネット上のTelnetサーバにログインしたりやFTPサーバからファイルを転送するゲートウェイ
fjなどのネットニュースを読むサービス
1994年よりインターネット上からTelnetプロトコルでニフティサーブに接続できるようになった。 しかし、電話代がかからないというメリットはあるが、当時の利用料は従量制でありつなぎ放題には出来ず、利用増加にはあまり寄与しなかった。しかし、電子メールの内容確認が速くできることや、Windows95〜98の標準搭載機能「ハイパーターミナル」を利用する事でバイナリデータの受け渡しが高速に行える事から根強いユーザーも存在した。
1995年から提供されていたWindows・Macintosh用のニフティサーブ専用GUI統合通信ソフトである。専用のアクセスポイントへのダイアルアップ接続かインターネット経由での接続によってニフティサーブへアクセスできた。設定や操作が文字ターミナルを使うよりは簡単であり、ライトユーザーに好まれた。統合ソフトであるため電子メールクライアントを内包していたが、現代の電子メールクライアントのように複数アカウントには対応していなかった。
Windows95の登場によるパソコンブームの頃のPCによくバンドルされ、沖縄 レンタカー
に寄与した。
1997年にウェブブラウザからアクセスするための機能としてインターウェイ(INTERWAY)が提供された。これはttyの構造をそのままHTTP上に持ってきたものであり、操作性はあまり良くなかった。
1998年からNNTPプロトコルを用いてインターネットからフォーラムの会議室を読み書きするサービスが開始された。発言を読み書きすることだけができ、削除や入会、退会等の操作は他の方法でログインしなければならなかった。
1999年4月より設置されたフォーラムの沖縄旅行 レンタカー
会議室。Webサーバ上の認証エリア内にあるツリー方式の掲示板でHTMLによる装飾タグの使用や画像の貼り付けができた。しかし、フォーラムの中にありながらパソコン通信からは全くアクセスできないこと、システム上はインターウェイの中からしかリンクしていないことなどや、フレームを多用したデザインで画面が狭いことなどからほとんど利用されなかった。
ニフティサーブに限った言葉ではないが、特に初期では接続料金を節約するため、接続前に書き込みや返信文、メールなどをあらかじめ書いて用意しておき、接続中はそれを送信するだけということがあった。これをオフ書き(オフはオフラインのオフ)と言う。オフ書きでは手紙や原稿のように読み手のことを考えて読みやすいように、また字数が少なくなるよう時間をかけて推敲することが普通であった(わかりにくい文章で同じ話題が繰り返されたり、新たな説明を加えたりしなくてはならなくなると、議論当事者だけでなく他の閲覧者にとっても接続料金の負担が増大するため。議論の紛糾が続くこと自体が問題視、批判されることもあった)。オン書きはオフ書きの反対で、接続(オンライン)中に文章を入力しそのまま送信することである。拙速に文章を書きがちなため、敬遠されることもあった。